神の子vsラーメン二郎(前編)

某氏に「観月と乾が鍋二郎の存在を知って色々下準備してから三田二郎に行くけど鍋二郎がとっくに昔に終わってるって事を知らされて途方にくれるお話書いてよ」って言われたんですけど、三田二郎行った事ないし乾はともかくそもそも観月に死ぬ程興味がないんで、また立海です。また二郎です。またテニプリです。
すげー長いです。後で見返して誤字脱字やらこーせいしたりします

 地獄だ、と幸村精市は思った。
  幸村には家族以外の人間との外食の経験が無かった。今年の春まで小学生だった幸村にとってはそれが当たり前の事だったし、外食と言えばファミレス、回転寿司、ファーストフード、それに父の給料日には小洒落たレストラン等に連れて行かれたりする。今日学校でこんな事があった、テニススクールで真田とこんな事をした等他愛のない出来事を家族に話し美味しい食事をゆっくり味わいながら家族団欒を楽しむ場所、そしてその行為そのもの、それが幸村にとっての外食の全てだ。
 しかし此処は何だ?店内に蔓延するニンニクの臭気、油塗れの床、そして出てくる物も食育という文化を真っ向から否定するかの様に乱雑に盛られたラーメンだ。客も客で余計な会話など一切せずに黙々と目の前のラーメンを食べている。いや、これはもはや食事ではない。処理しているだけだ。
 目の前に拡がる異質な光景に幸村精市はただただショックを受けていた。

  「なんだこれは」「柳、真田」
ショックを受けていたのは幸村だけではない。糸目で痩躯の少年、柳。厳格な印象を与える顔立ちの少年、真田。彼らは目の前の光景にただただ圧倒されていた。

「早く食券買って詰めてもらえませんか!!」
 呆然としていた3人に対し店主の怒号が容赦無く飛び交う。
不意の叫びに思わず身を強張らせる3人。客達の視線が一斉に注がれる。その眼差しは異物を見る時のそれだ。
「俺達はどうすればいいんだ」「弦一郎、流石に俺のデータにも最適解は乗っていない」
「真田、柳…」
意味もわからず怒鳴られ動揺を見せる真田と柳。後に立海ビッグ3と呼ばれ立海を常勝へと導く立役者となる3人だが、当時の彼らはまだ若すぎた。狼狽えるのは当然だろう。
 「あー、すんませんすんません」
3人の背後、殺伐とした空気の中、男が1人割り行った。
立海大付属中学の夏服、目測でも180cmを超す長身、軽くウェーブの掛かった黒髪、だがその容貌よりも、飄々とした雰囲気の方が印象深い。
「こいつら今日が二郎デビューなんで勘弁してくださいホンマ」
飄々とした男がその雰囲気を保ったまま手を合わせ店主に軽く謝る。
「ならアンタがきっちり面倒見ろよな。ったく」「すんませんすんません」
店主が作業に戻る、客の視線も一斉に外れた。
「ワリワリ、きちんと説明しとんかったな。幸村平気かい」「いえ、ありがとうございます。助かりました、毛利先輩」

 毛利寿三郎、立海大付属中学テニス部に所属する2年生。その実力は部内でも折り紙付きであり全国区でシングルスを任される程だ。ただ彼には若干ルーズな所があり実際頻繁に練習をサボって、温厚である事で知られるあの錦先輩にも雷を落とされた事も数知れず。
「ポチッとな」
  毛利が券売機に五千円札を入れボタンを押す。小さな、青いプラスチックの塊が受け取り口に落ちた。続けてボタンを押す。カランとプラスチックが落ちる。そしてもう一度押し、カラン!押す!カラン!心地良い音だなと幸村は思った。
 「あの怖いオッサンにこれ見せるんや」
毛利がプラスチックを一枚ずつ幸村・柳・真田に配布し、3人も受け取る際に礼を告げた。
「毛利先輩」「どした柳」「我々にご馳走してくれるという訳で着いてきた訳ですが正直この柳蓮司、衝撃を受けました」「ハハッ、そうかいな」戯ける毛利。
「しかし毛利先輩、この間まで小学生だった俺達にこの店は若干敷居が高くないですかね。それに中学生が部活帰りに買い食いと言うのも感心しませんな」
店内を見回す真田。どうにもまだ二郎特有の殺伐とした雰囲気に馴染めていない様子だ。
「真田、せっかく毛利先輩に連れて来て貰ったんだ。無粋な事を言うのは無しにしておこう」「幸村」
「おっ、幸村めっさ良い事言うやんか。真田の言いたい事も分かるが二郎はそんな高尚なものやないで。要するに慣れや」「成る程、ところで」
 厨房で調理をしていた店主が手を止め、会話を交わす幸村達の手元を見る。
「坊ちゃん達、ウチは始めてだよね?」「はい」
「ウチは量多いから麺半分にしといた方がいいと思うけどどうする」「え」
 店主の思いもしない提案にまたしても思考硬直する三人。
「スンマセン。俺以外纏めて麺半分でお願いします」「あいよ」
だが毛利がすかさずフォローに入る事で事な気を得た。ロティストとは本来、毛利の様に初心者がギルティを起こさない様にさり気なく手助けをするべきなのかもしれない。
 「お前ら、席に座ったらその食券をカウンターに置いて待ちんね。そんで「ニンニクいれますか?」って聞かれたら、「はい」か「いいえ」で答えるんやで」席が空くまでの時間を使い、3人に二郎のルールを教える毛利。幸村は毛利の助言には勿論感謝しているが、内心ラーメン二郎という店に苛立ちを感じつつあった。

 (外食は楽しむ為の物じゃないか?母さんや父さんやおばあちゃん、妹、皆笑っていた。なのに此処に居る人達はちっとも楽しそうじゃない。むしろ虐げられてるかのようだよ。一体何をしているんだ)
奥の席が2つ空いた。
「幸村」
(ラーメンってあまり食べないけれど、俺の知ってるラーメン屋さんはこんなのじゃない…彼らにも家族はいる筈なのに、なのに…)
「おい幸村!」
真田の呼び掛けにハッと我に帰る。
「席が空いたから俺と蓮二は先に行く」「あ、ああ」「すまんな精市」
 柳と真田が毛利と幸村に一声掛け、空いた席に移動する。カウンターの客達を観察。丼の減り具合から察するに毛利と同席になるだろうと幸村は予想した。
「あれ」
また幸村は同時にある事に気付く。よくよく見ると店内の客達は皆ラーメンを食べつつ他の客の丼に目配せをしていた。眼前の客が向かいの客の丼を一瞥し、食べる速度を早める。向かいの客がそれに呼応するかの様に速度を早める。異常な光景だ。
「あの毛利先輩」「どした幸村」
怪訝に思った幸村が思わず毛利にある疑問を投げ掛ける。
「彼らはもしかして早食い勝負をしてるんですか?」
一拍の間、考え込む仕草を見せる毛利。いや、というより「言うか言うまいか」か悩んでるかの様に幸村には思えた。
「早食い勝負と言ったら語弊があるけどまあそうやで。【ロットバトル】ってやっちゃな」「【ロットバトル】?」
聴いた事のない言葉、思わず復唱し再度問い掛ける。
「掻い摘んで話すけど要するに此処に来るお客さんは、【ロットバトル】てゆー早食い勝負に命掛けてるおバカさんばっかちゅー話やな」「へえ、成る程」
「俺も普段はロットバトル専門やけど、お前らは初心者やし今日は早食い勝負なんて考えず味わう事だけ考えとき」「わかりました」
 勿論、毛利の軽口の警告を聞かずともロットバトルをする気持ちなど幸村には微塵もなかった。彼には意固地というか固定概念に囚われている所があり、食事と言う物は楽しまなければ意味がないと考えており、そんな彼にとって味合わずに食い散らかす早食い勝負など理解の範疇の外だ。
 だが毛利のアドバイスは純粋に嬉しかった。毛利は表面上は良い加減な男だがそれは彼の本質ではなく、彼は飄々な男を装いつつも水面下では常に潤滑油を指してチームという歯車を狂わせない様に務めている。それも誰にも悟られぬように水面下でだ。また彼は決して打算や損得では動かない。幸村は毛利寿三郎のそういうしたたかだが善良な所が好きであった。
  幸村の眼前の、肩を並べあった小太りの客と男子高校生がほぼ同時に空いた丼をカウンターに置き、テーブルを拭いた。
「ご馳走様でした」「ごちそうさん」
どうやらこのロットバトルは男子高校生が勝利したようだ。散々食い散らかした後に律儀にテーブルを布巾で吹く、その行為に幸村は不快感を覚えた。何故客がここまでしなくてはならないのか。お客様は神様です、なんて傲慢な事を言うつもりはないが金銭のやり取りが発生している以上、客と店間の最低限の関係は守るべきではないのか。諾々とした様子で頭を下げ店を後にする先客2人。
 店主はその行為がさも当然かの様に下げられた丼をシンクにぶち込む。「ありがとうございます」の一言すらない。
 店主が不遜な態度のまま、幸村と毛利を指し座る様に促す。幸村の我慢は限界に近かった。
 「お、俺と幸村は一緒の席かいな。水持ってきてやるわい」「ありがとうございます」
 毛利も幸村の心中を察したのだろう、それとなく気遣ってくれている。幸村が此処で怒りを露わにし店を後にするのは簡単だろう。だが、それはせっかく誘ってくれたら毛利の行為を無下にする事に等しい。それに真田と柳は大切な仲間だ。彼らを残して帰るなど出来ない。年相応の笑みを浮かべ、毛利がサーバーから汲んできた水を受け取り、着席した。
 
隣の席の毛利と部活動についての雑談をした。真田は手塚を倒す為に雷と陰をあえて封印している、同級生のジャッカルと丸井は将来立海ダブルスを背負う逸材になれる、ジャッカルの父親は無職らしい、などという本当に他愛のない話だ。毛利はそれを笑って聞いてくれている。此処に来て始めて外食らしい行為をできたな、と幸村は心安らいでた。

「お客さん、ニンニク入れますか?」
不意に店主が此方を向き訪ねてきた。とうとう来たか。
「無しでお願いします」「あいよ」
ドン!幸村の手元に丼が置かれた。それは濃厚な香りを漂わせており、本来麺が見えるべき場所には幼児の砂遊びのごとく盛られたモヤシが圧倒的存在感を放っている。
「そっちのお兄さんは?」「ヤサイマシマシアブラカラメマシでお願いしますわ」
ドンドン!
毛利が何やら呪文のような言葉を呟いた、すると彼の手元にラーメンが置かれた。毛利の丼に盛られたモヤシは幸村のモノの比ではなく、山としか例えようがない。幸村の丼が児戯に思えて来る程だ。
「旨そうやな。いただきます」
毛利が慣れた手付きで箸をスープの中に潜らせ、器用に盛られた野菜をスープに沈める。
「毛利先輩、今のは?」「天地返しちゅー技やんね」「技?」
ラーメンを食べるのに技術を用いらなければならないのか、と幸村は後頭部を殴られたかの様なショックを受けた。
「まぁまぁお前らにはまだ早い、好きな様に食べ食べ。あいつらのようにな」
毛利が丁度反対側・真逆のカウンターに座った真田達を指差す。

「弦一郎、俺はもう駄目だ」「諦めるな蓮二!たかがラーメンだ!早食いなんて考えずにゆっくりと食えばいい!」
 幸村と同じ様に丼に盛られた野菜にショックを受けてる柳を真田が懸命に励ましながら2人仲良く箸を進めている。
 「可愛い奴らやねぇ、まだまだ小学生や」「フフッ、そうですね」
 思わず吹き出す幸村。仲つづましく食事を楽しむ真田達の姿を見て、怒りで弾けそうになっていた幸村の心が弛緩した。せっかくだし食べてみよう、俺は本当に良い仲間を持った。そう思えた。

箸置きから箸を一膳抜く、手を合わせる。
「いただきます」
スープの中から麺を引っ張り出し口に運ぶ。
「これは」
口内にウドンの様に太い麺を入れた瞬間、濃厚なスープが一気に拡がり舌上を刺激する。確かに独特な味わいではあるがこの感覚は悪くはない。いや、それどころかー
「美味い」「せやろ〜?!モグッ」
麺を啜りながら安堵交じりの戯けた笑みを幸村に向ける毛利。
次にトロトロに溶けたチャーシューを口に運んで見た。
豚はこれまた濃厚な味がした。醤油で充分すぎる程に煮込まれてるのかトロトロになっており、一度の咀嚼で脂身の部分が口内で溶けて、消えた。
口の中が脂に塗れた所で山盛りのモヤシを崩して食べてみると、残っていたモノが嘘の様に消え去り一気にリフレッシュした。
「なる程」
箸休めの為にモヤシがあるのか、と幸村は理解した。
「毛利先輩、ありがとうございます」「ん?」「とても美味しいです」「なんか照れんな」
その会話を最後に幸村は丼の処理に専念し始めた。一定のペースを保ちながら麺・ヤサイ・ブタをバランスよく食べる。誰に教わったわけではなく幸村は既に基本的な二郎の食べ方を理解した。 
二郎初心者とは思えない程の華麗な手付きで丼を処理し続ける。
「お、幸村やるやんか。俺も負けへんで」
毛利が、食うスピードを僅かに早めた。

 麺もブタも美味いが、幸村が1番気に入ったのはその濃厚なスープだった。丼の半分程を処理した所で、麺に絡んだスープも美味いが直接飲んだらどうだろう、と思い、カウンターに洗いざらしのまま放置されたレンゲを1つ、手に取りそれを使ってスープを飲んで見た。
「こうやって飲んだ方が美味いな」
もう一度スープを飲む。美味い。更にもう一口救って飲む。
「…幸村」
毛利の声、手を止め向き直る。
毛利の顔は、普段の彼からは想像が出来ない程に青ざめていた。何かに畏怖しているかのように。
「どうしたんですか?顔色が悪いですよ」「お前、なんでスープなんて飲んでるんや?」「え」
予想外の返答に眉根を寄せる幸村。
「だって」
「二郎のスープは普通飲むもんやない。そんなん飲んだら体に悪いやんか」
神妙な面持ちで幸村に注意をする毛利。だが幸村は何が何だか分からない様子、首を傾げる。
「でも、美味しいですよ。飲み干せるかもしれません」
幸村が蓮華でスープを掬い、飲んだ。

 不意に毛利の視界が真っ暗闇に包まれた…
(後編へ続く)