満足街の日常

鬼柳さんがただひたすらラーメンを食べるお話を書こうと思ったけど死ぬほど長くなりそうなのでとりあえず途中までのところを投下します。

   夕暮れ時、ハーモニカーの音色が聴こえて来た。
 そのメロディは古き良きブルース調で哀愁的で儚げで、だが美しく、夕陽に照らされ橙に染まったこの荒野の街にとてもよく似合っていた。
  中央通りに我が物顔で陣取り町民達を威嚇していた侵入者が異変に気付き粗悪なD-ホイールから降り自分を囲んでいた町民達の顔色を見た。
先程まで自分に怯えていた町民達は緊迫した不安げな表情を解し、明らかに安堵した様子を見せる。
 一体何なんだと怪訝な様子で侵入者はメロディの聴こえてくる方へ顔を向けた。
  長髪の人間が1人、夕陽を背にハーモニカーを吹きながら此方へゆっくりと歩いて来た。まだ距離がある為に顔の造形を伺う事はできないが、夕陽で伸びたその影は非常に細長くその影の持ち主の体躯を語っていた。町民たちが「きた!」「待っていたぜ!」など、明らかに浮足立ってきた。
 侵入者と何者かの距離が詰まる。痩躯に着古した黒のロングコートを纏った人物。
侵入者が目を凝らし何者かの顔を見やる。男だ。銀色の髪を肩口まで伸ばした男。男の肌は陶器のように白く、侵入者の主観では男は比較的端正な顔立ちだが、その整った顔面の右の生え際から顎に掛けて真っ直ぐに刻まれたマーカーと狼を連想させる眼差しが、この人物がただの出落ちの色男ではないという事を雄弁に物語っていた。男が発する雰囲気に呑まれ、冷や汗をかく侵入者。
  男が近付いてくるにつれ町民がにわかに騒ぎ始め、男と侵入者彼我の距離が10m程になった時にはそれは完全な歓声に変わっていた。
  余所者である侵入者は知る由もないが、此処サティスファクションタウンの住民達にとってこのハーモニカーの音色は特別なものなのだ。この儚げで美しい音色はこの街の英雄、鬼柳京介の訪れを知らせるものなのだから。
 
  ダークシグナーだった頃の記憶を思い出してしまった鬼柳京介は罪悪感に苛まれ死のうとしていた。だがデュエルだけは裏切れなかった。死に場所を求めていた彼が当時地獄と化していたこの場所へ流れ着いたのは必然だったのかもしれない。そこで彼は自分を介錯してくれる人間を求め戦い続けた。しかし負けなかった。
 "死神""亡霊"。それが生きたがる人間の息の根を止める死にたがりの彼についた綽名だった。
 彼自身は自分の綽名になど興味はなくただ死ぬ事だけは切に願いデュエルをしていた。
 だが彼は死ぬ事はなかった。かつての仲間達が街に住む姉弟が、そして姉弟の父親が彼を変えたのだ。いや、変えたのではない。彼の中で燻っていた物を火を点けたのだ。本来の熱さを取り戻した彼は地獄と化していたこの街を救った。
  今の鬼柳京介には夢が、二つある。
一つは町長としてこの街を復興する事。そしてもう一つ、親父さんの遺児であるニコとウェストの姉弟を立派に育て上げる事。その夢を叶えるまで決して彼は満足できない。
 鬼柳の働きのおかげでこの街は支配から逃れたが、街の利権を手にしようとやって来るならず者は後を経たない。
 だが熱い信念を、そして生き様を持った彼が、己の利の為だけに他人を蹂躙しようとするならず者風情に負ける理由など何一つなかった。

≪パァン≫。発砲音。般若面を被った無頼(ハンドレス)の狙撃手≪インフェルニティ・デスガンマン≫のソリッドヴィジョンが侵入者の頭を無慈悲に撃ち抜いた。
侵入者が気を失いその場に倒れこむ。腕に嵌められた決闘盤がLP0を告げる。鬼柳の完勝だ。
「俺の勝ち、だな。今の俺はお前如きに満足する程暇じゃねえ」
キザな台詞を吐き銃型決闘盤をホルスターに収める鬼柳。
瞬間、ギャラリーから歓声が湧いた。
 町民が思い思いの労いと感謝の言葉を発す。町にやって来たならず者を倒す度に大袈裟に感謝される、いつまで経っても慣れないなと内心思いながら鬼柳は苦笑した。
 ギャラリーを掻き分けニコとウェストが出て来た。二人は屈託のない満面の笑みのまま鬼柳の腰元に勢いよく抱きついた。
「鬼柳さん」「やっぱり鬼柳兄ちゃんはすごいや!」
「お前ら大袈裟だ。いつもの事じゃねーか」
「1ターン目でデッキを30枚も引いて一度も攻撃しないで相手のLPを0にしちゃうなんて凄いやい!」
 二人の笑みに対し鬼柳も父性を帯びた笑みを返し、いつも通りにニコとウェストの頭をワシャワシャと撫でてやった。
「ニコ、色々あって飯を作る暇がなかっただろう。今日は外で食べよう」
二人が嬉しそうに肯定の返事をし離れ、鬼柳と共に未だ騒ぎ立っているギャラリーを残し大通りへと歩いて行った。